三国志関係のゲームをする方なら、星彩(せいさい)のことをご存知だと思います。
美男美女だらけのキャラクターたちの中にあって、ひときわ凛とした存在感がありますよね。
しかし、彼女もまた関索など(関羽の三男とされている)と同様、実在したのかどうか微妙なところなのです。
果たして、星彩は実在したのでしょうか?
劉禅の将来の妃として、守り役として描かれるが実在しない!?
星彩が登場するのは大人気三国志ゲームの真・三國無双シリーズです。
張飛の二女で、趙雲に師事し武芸を学んだとあります。
そして、将来の蜀の盟主となる劉禅の守り役となっており、将来の妃と言及されてもいます。
しかし、史実には「星彩」という名前は出てきませんし、当然、守り役のような女性もいません。
そのため、彼女は実はこのゲームの中でのみ登場する架空のキャラクターなのです。
モデルになった人物がいる!?
張飛の娘は実在する
しかし、星彩にはモデルと考えられる人物がいます。
張飛に娘がいたのは事実で、その娘たち2人が劉禅の妃となっているのも事実です。
長女がまず劉禅に嫁ぎますが、237年に若くして亡くなり、敬哀(けいあい)皇后と諡号されました。それから二女が嫁ぎ、238年から張皇后と呼ばれるようになりました。
263年に蜀が滅亡し、翌年に劉禅が魏の首都洛陽へ移送されることになると、張皇后もそれに付き従ったといいます。
こうして見てくると、星彩は敬愛皇后と張皇后の2人両方をモデルにして作られたと考えられます。
ただ、彼女たちが武術に長けていたとか、趙雲に師事していたといった様なそういう事実はありません。
三国志から命を吹き込まれた女性たち
正史には登場しませんが、三国志に関する創作物の中には、星彩のように強く美しい女性が多く登場します。
関羽の娘とされる関銀屏(かんぎんぺい・民間伝承に登場)、関羽の息子関索の妻となる鮑三娘(ほうさんじょう・「花関索伝」に登場)、馬超の妹で趙雲の妻となる馬雲騄(ばうんりょく・周大荒の「反三国志」に登場)などが代表的でしょうか(最も、彼女たちの場合は全くの創作です)。
こうした女性たちを踏まえ、史実では単に「張飛の娘」だった女性に星彩という名を与え、命を吹き込むことで、生き生きとした魅力を持たせたのですね。
当時の女性たちは、日本と同様とても地位が低い存在でした。そのため、系譜などにも例えば「張氏」「劉氏」など、姓のみが記されている場合がほとんどで、詳細な記録もありませんでした。
だからこそ、創作をしやすかったということもあるのだと思います。
まとめ
星彩は、実在の張飛の娘をベースとし、設定をかなり「盛った」人物であることがわかりました。
三国志の時代は史実ですが、まるで異世界ファンタジーのようにも感じられますね。
人々の想像力を今も昔もかきたてる時代だったということがわかります。
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