曹操の護衛として活躍した、典韋。
彼はその剛力ゆえに、演義では悪来という二つ名までついていました。
三国志に登場する武将達は勇猛な人が多いのですが、その中でも怪力の持ち主となると、典韋以外にも居るのでしょうか。
居たとしたら、典韋以上の力持ちかどうかも気になりますね。
正史、演義ともにみてみましょう。
典韋の怪力っぷり
正史には、典韋の怪力ぶりを表すエピソードが多くあります。
誰も持ち上げられなかった大将旗を片手で建てたこと、戟を一振りして十数本の矛を砕いたなど、人並み外れた剛力を持っていたようです。
さらに、典韋が使っていた戟は、重さが八十斤といわれています。
後漢の一斤は現在で222.4gですので、約17kg。
これを普通に使っていたのですから、間違いなく力持ちですよね。
典韋に比肩するのは僚友 許褚!
しかし、正史には他にも力自慢が記されているんです。
まず、その力が虎のようで、ボーっとしているところも含めて「虎痴(こち)」と呼ばれた許褚。彼もまた、とんでもない怪力の持ち主です。
片手で牛を引き摺り、100歩以上歩いています。
体もとても大きく、「身長八尺余(184cm以上)、腰回りは大きくて十囲(約115cm)」とありますから、現代でも十分なマッチョですよね。
また、呂布も抜群の腕力を備えていたといいます。
この3人が力比べをしたら、誰が勝つのでしょうね。
三国志演義では力持ちが他にも!
演義では、関羽も力持ちです。彼が愛用する青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)は八十二斤(約18kg)で、典韋の持つ戟より少し重いですから、怪力ぶりは関羽の方が上なのでしょうか。彼の側近、周倉も「両腕に一千斤の怪力」を持っています。
さらに張繍配下の胡車児(こ しゃじ)は、五百斤(111kg)の荷を背負い、一日七百里(290km)を歩くことが出来るというから驚きです。この人は人間なんでしょうか?(笑)
もはや怪力どころの話じゃなくなってますし、しかも彼は、泥酔して眠りこけている典韋の鉄戟を盗んだだけで、その剛力と体力を一切披露していません。(ホラだったんでしょうか?)
ちなみに、その典韋も少し怪力度がアップしています。大将旗を片手で持つのは同じなんですが、演義では強風という負荷がプラスされています。それゆえ、曹操に悪来と名付けられたのです。
演義だけでなく、ゲームなどの作品でも典韋、許褚、胡車児は怪力・豪傑キャラになっている事が多いですね。
まとめ
演義ではライバルが多いですが、胡車児のプロフィールが凄すぎて他が霞んでしまいます(笑)。演義では文句なしに彼がNO.1ですね。
正史に限れば、やはり典韋か許褚かな?と思います。
記録に残ったということは、それだけ普通ではなかったということですからね。
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