趙雲の妻ってどんな人? 名将を支えた奥さんの素顔とは

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趙雲と言えば、寡黙にきっちり仕事をし、たまにものすごい見せ場をさらりとこなす、いわゆるオールマイティでイケメン的(イメージです)人物ですが、彼の色恋に関しては、あまり噂が聞こえてきません。

実は、彼の妻に関する記録は不明なのです。子供がいるので、妻がいたことは確かではありますが…。

そして、彼の妻として登場する女性たちは幾人かいて、すべてが存在に確証がないかもしくは創作上の人物だったりするのです。

しかし、その中で創作とも実在ともつかない女性がおり、その名前を孫軟児(そんなんじ)といいます。

彼女はいったいどういう女性として描かれているのでしょうか。パブリック・イメージが比類なく完璧な男である趙雲の妻をつとめたという彼女は、どんな人だったのでしょう?

趙雲と妻:孫軟児の出会い

孫軟児は趙雲の故郷である冀州(きしゅう)常山郡(じょうざんぐん)の隣郷に生まれたと伝わっています。

現代風に言うと、趙雲の住んでいる町の隣町といったイメージでしょうか。

出会いについては情報がありませんが、生まれが近ければ顔見知りだった可能性があります。

もし、親同士に交流などあれば、幼馴染にもなるのではないでしょうか。

孫軟児は正史や演義には出てこない人物

実はこの孫軟児ですが、民間伝承にしか出てこない女性なので、正史にも演義にもその名は登場していません。

しかし、民間伝承が完全創作だとも言い切れないので、その存在の真偽はあいまいとされています。

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そんな2人の夫婦仲は

孫軟児が登場する民間伝承「刺繍針」では、2人の仲睦まじい様子から始まります。

「刺繍針」の物語

戦いから帰ってきた趙雲を、孫軟児は風呂を沸かして待っていました。そして、趙雲が風呂に入ると、傍で彼女は刺繍を始めます。ふと夫の背中を見て、彼女は尋ねます。

「貴方は長年戦場で戦っているのに、どうして傷一つないのでしょうか?」と。

すると趙雲は笑って、「私は皆から常勝の兵と言われているから怪我などしないし、君が織ってくれた服に守られ、君の笑顔に癒されているからだよ」と答えました。

そこで、孫軟児が悪戯心を起こし、「それでは常勝将軍に傷を負わせてみましょうか」と刺繍針で趙雲の肩を一刺しします。すると、血が噴き出して止まらなくなってしまいました。手当てをしても一向に血は止まらず、そのまま趙雲は亡くなってしまったのです。

孫軟児は嘆き悲しみ、自らを責めながら刀を喉に突き刺して自害してしまいました。

悲報を聞いた諸葛亮もまた昏倒してしまいますが、その昏睡の中で、趙雲と孫軟児が共に劉備・関羽・張飛に導かれていくという姿を夢に見ていました。

この民間伝承しか2人の関係を知るすべはないのですが、とても仲睦まじい様子は伝わってきます。

孫軟児は趙雲の子供の母親?

趙雲には、趙統(ちょうとう)と趙広(ちょうこう)の2人の息子と女子が1人(趙氏)がいました。

しかし、母親の名前は記録に残っていません。ただ、先ほどの「刺繍針」の中では、孫軟児が彼らの母親ということになっています。

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まとめ

結局のところは、趙雲に妻はいたが誰なのかは不明ということになりますね。

しかし、有名どころで趙雲の妻として登場する、周大荒(しゅうだいこう)の「反三国志」の女傑:馬雲騄(ばうんりょく)はもちろん創作キャラクターですし、京劇の題材になっている樊玉鳳(はんぎょくほう)も、ほぼ創作上の女性です。

そうすると、孫軟児は趙雲の妻とされる女性たちの中では、信憑性の面では多少の優位に立っているのではないかと思いますがどうでしょうか。

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xiao

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投稿者プロフィール

イケメンでインテリで強い男が好きです。その中に人間の可愛げがあったら最高です。
三国志にはそんな人物が多すぎて、誰が一番なんて言ってられないのが現状です。
そんな魅力的な歴史絵巻を、わかりやすくお伝えできたらと思っています。
動物好きのため、赤兎馬に憧れています。

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